オルセー美術館特別展『黒人モデルたち:ジェリコーからマチスまで』

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 パリのオルセー美術館で開催されている特別展、『黒人モデルたち:ジェリコーからマチスまで』(注1)が、世界の美術愛好家たちの注目を集めている。元々はアメリカの大学で美術史を研究していたデニーズ・ミュレル(Denise Murrell)の博士論文が出発点となったこの展示は、「美術史のなかにブラック・アイデンティティが確立される必要がある」という観点から、19世紀における黒人モデルたちに焦点をあて、その社会的地位やコミュニティーの対応、奴隷制度廃止との関係性などを紹介しながら芸術作品と作家を論評する。作品の背後に隠されている社会的、政治的、そして人種にまつわる事情を掘り下げ、総合的にアプローチするというダイナミックな新分野が、近代絵画史に誕生したのだ。


(注1) Musée d'Orsay "Le modèle noir de Géricault à Matisse" (Black models: from Gericault to Matisse), 26 March - 21 July 2019


 例えばエドゥアール・マネ(1832-1883)の『オランピア』(1863)。この作品はルネッサンス最盛期の画家、ティツィアーノが描いた『ウルビーノのヴィーナス』(1538)のパロディーなのだが、その裸婦の描き方が「理想美」でないとして、散々な批判を浴びたことで知られている。当時の非難は手前の白人モデルに集中したため、背後に立っている黒人メイドはあまり注目されなかった。だが、ミュレルが指摘するように、このメイドは実に丁寧に描かれているのだ。ここでもマネは、前作の『草上の昼食』と同じく遠近法を無視し、背後の黒人メイドを白人モデルと同じ大きさで描いた。

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 メイドは暗緑色を背景に、褐色の顔に生き生きとした笑みを浮かべながら、主人である高級娼婦を見ている。手には大きな花束を持ち、薄いピンク色のドレスを着ている。その襟首には白いフリルも付いている。マネの意図するところは何だったのか。現代人の感覚からすると、黒人をメイドとして描かなくてもいいのではないか、という思いがある。だがマネは、実は共和制支持者で奴隷制反対論者だった。当時の彼にとっては、娼婦もそのメイドも「自立した立派な職業婦人」であり、そういう趣旨で描かれた作品なのだ。古臭い美のプロトタイプを否定し、日常生活を描いて見せたのだ。19世紀半ばのパリという時代意識を考慮すれば、『オランピア』は進歩的な芸術家としてのマネの闘いの狼煙だったのかもしれない。かくして『オランピア』は、近代絵画創世記の記念碑的作品として記憶されることになる。


 フランスでは1794年に奴隷制度が廃止され、19世紀にはハイチなどから職を求めて多くの人口が流入するようになる。もちろん当時の文化は明白に人種差別的であったが、マネの周囲にはアフリカ系フランス人が少なからず存在していた。親友で『椿姫』を書きあげた小デュマは黒人の血が流れているし、その父のアレクサンドル・デュマ(大デュマ)はフランスで最も有名な黒人作家だろう。マネのもう一人の友人、ボードレールの愛人で女優のジャン・デュバルも、ハイチ出身のアフリカ系フランス人だった。マネが描いた彼女の肖像画も有名である。他にもマネのアトリエからは、驚くべき数のアフリカ系フランス人の肖像画が発見されているそうだ。


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 上の作品は作者不詳だが、マネの『オランピア』と同じ1865年に出展されたもので、『子供たちと乳母たち』である。この作品が面白いのは、黒人モデルは奴隷解放後のハイチから職を求めてやってきた女性で、一方の白人モデルはブルターニュ地方出身者であることが被り物からわかるということだ。ブルターニュ出身者は当時、ブルトン語を話す異邦人と見なされていて、やはり職を求めてパリに移住してきたと考えられる。いわば二人は身分的に似た者同士であったと解釈できる。


 ここで時代を遡ってテオドール・ジェリコー(1791-1824)の大作、『メデューズ号の筏』(1818)を観てみよう。ジェリコーはその少年時代を、ナポレオン1世がカリブ海諸島に再び導入した奴隷制に対する反対運動に身を投じて過ごした。セネガルに向かうフランスのフリゲート艦が座礁し、筏で漂流した乗員乗客のほとんどが死亡した悲惨な事件をジェリコーは取材し、キャンバスに向かった。筏の先頭で手を高く振っている黒人は、モデルとして有名なハイチ出身のジョゼフである。その後、下絵では白人だけだった乗組員のうち3人を黒人に変更した。ちなみに筏の下のほうでうつ伏せになっている人物のモデルは、弟子のドラクロワである。(写真はルーヴル美術館に展示されているもの)


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 筏で手を振っている人物のモデル、ジョゼフの習作がこれだ。

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 他にも多くの作品が展示されており、解説も充実していたが、私が訪れた日は閲覧者が多くてゆっくり見られなかったのが残念だった。以下に展示されている作品のなかからほんの一部の画像を紹介しておく。


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 ドラクロワの描いた青いターバンを巻いた女性。

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 ドガの作品はいつもデッサンが正確で動きがいい。

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 マチスは1930年、タヒチに旅した帰りにアメリカのニューヨークに立ち寄る。そこで「ハーレム・ルネッサンス」を目の当たりにし、コニーズインのジャズに酔いしれる。フランスに帰国したマチスは、80歳をすぎてから黒人モデルを描き始めたのだった。下は黒人モデルをスケッチするアンリ・マチス。

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 マチスの『白い服を着た女性』(1946)

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 『黒人モデルたち:ジェリコーからマチスまで』は、パリのオルセー美術館で7月21日まで開催されている。普通の入場券で閲覧できる。




Posing Modernity: The Black Model from Manet and Matisse to Today
Yale University Press
Denise Murrell

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