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zoom RSS 『メイフェア族』(1999)第2話:買収・解体・売却を繰り返して財をなした男

<<   作成日時 : 2019/05/19 20:16   >>

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 前回に引き続いてアダム・カーティス監督の『メイフェア族』第2話、『闇屋と呼ばれた企業家』(注1)を紹介する。50年代の英国はまだ、産業界で指導的立場にある少数の人間に支配されていた。外国為替引受銀行の重役や産業新聞の社主、キャドバリーのオーナーやロールスロイスの会長、実業家や鉄鋼産業の代表などの資本家がイングランド銀行の重役会に出席し、巨大な産業帝国をあやつりながら国の未来を形づくっていた。ところがその世界が、15年もたたないうちにあっさり崩壊してしまう。工場は次々と取り壊され、跡地は売却されて、実業家や政治家は往年の魔力を失っていったのだ。いったい何が起こったのだろうか。この謎解きに登場する第2話の主役は、ジム・スレイター(Jim Slater)という垢ぬけない会計士である。

(注1)”The Mayfair Set: Entrepremeur Spelt S.P.I.V.” directed by Adam Curtis, BBC 1999.

 1959年の選挙で、ハロルド・マクミラン率いる保守党が再び勝利した。好景気だったからだ。当時、トーリー党の政治家や産業資本家たちは、ケインズの理論に基づいて政府支出と消費を連動させる政策を取っていた。それは何より彼らの貴族趣味にマッチしたし、安定して予測可能な英国をつくることもできた。さらに何か国民を助けているように思うことができるので、政治家たちはケインズ流のやり方をなかなか気に入っていた。いっぽう、好況のおかげで起こった株式市場の高揚には、少し冷ややかな視線を向けていた。1929年の恐慌と大失業の記憶がまだ新しかったからだ。イングランド銀行も市場の速すぎる動きを警戒した。

 ところで自動車会社の会計士だったジム・スレイターは、ゲーム感覚で株の予測をやり始め、非常に出来栄えのよいポートフォリオを作成することに成功する。そしてサンデー・テレグラフに、”キャピタリスト”というペンネームでコラムを書き始めた。こうして人気者になったスレイターは、保守党議員ピーター・ウォーカーとともにスレイター・ウォーカー証券を設立、市場ブームに乗って他人の金を操ることに成功した。スレイターたちが注目したのは、家族を養うために株を次々と売却し、実際には最早企業を所有していない経営者たちの存在だった。

 世界中にコルク栓やパッキンを供給していたコルク製造業者のクート大佐も、すでに自社の株の大半を保有していなかった。スレイターはクートに会い、会社を買い取りたいと申し出る。そして「家族経営だからそれはできないよ」という大佐に、「あなたの会社じゃなくて、公のものだ」と言い返した。大佐にしてみれば、若造にいきなり買収するぞと脅されたのだから、屈辱的である。目の前にいるのは、英国の伝統的な社会秩序に敬意を払おうとしないずうずうしい男だった。だがスレイターから見れば、「もうシェアも持っていないのに、工場を自分の一族が経営していると思っている創業者の典型」にすぎない。彼はクート大佐の背後で、秘密裡にコルク会社の株を買いあさった。それまで英国史上で誰も考えたことのなかった敵対的買収をやったのだ。シティの支配層にとって、それは紳士の風上にも置けない行為だったが、誰も止めることができなかった。クート大佐は残酷な現実を目の前に突き付けられた。彼と家族に対する地域社会や従業員の尊敬は、彼が工場を「所有」しているという一点が崩れたとたんに消え去った。大佐の息子であるアンドリューは述懐する。

 「私も工場で働いていて、労働者たちは毎日、”おはようございます、アンドリューさん”、”ごきげんいかがですか、アンドリューさん”、”週末はどうされましたか、アンドリューさん”と声をかけてくれていたのに、あの日は誰ひとりとして僕に声をかけてくれなかった。それまで私は従業員たちに好かれていると思っていたんだが、それは私の単なる思い込みにすぎなかったんだ。自分の立場を彼らに置き換えてみればわかることだよね。社長の息子だから挨拶してただけなんだ」。

 この敵対的買収のために、スレイターは多額の借金をした。それを返済するためにコルク工場の敷地の大部分は直ちに売却され、建物が取り壊された跡地には住宅建設が始まった。スレイターはその後、このやり口を繰り返す。「買収した資産は直ちに売却し、その資金で次の買収を準備する」という方程式を生みだしたのだ。追随するものがすぐさま現れ、集団を形成していった。こうして、それまで英国産業を支配していた家父長的世界はくつがえされ、市場原理が無作法で品のない姿を露わにしながら、闊歩し始めた。



 敵対的買収をする新しいグループは、メイフェア地区にあるクレアモント・クラブを巣窟にしていた。ジョン・アスピナルという右翼の貴族が経営するこのクラブには、危険な賭けを楽しむギャンブラーが集まっていた。アスピナルも、英国の富と繁栄を築いたのは、彼らのような危ない賭け事を楽しむ商人や冒険家たちだと考えていた。ジェイムズ・ゴールドスミスもここの常連で、スレイターと意気投合する。ゴールドスミスはスレイターと同じやり方で、専ら食品産業を買収し続けた。こうしてスレイターたちは英国の産業社会を破壊し、株式市場に危険なブームを巻き起こしていった。株式ブームに乗って大金を投資し始めた凡庸な中産階級は、今や一言で市場を動かすことのできるスレイターをヒーローと崇めた。ジャーナリストのポール・ジョンソンはスレイターたちのことを、「這いずり回っているくず野郎で、英国社会に毒をまきちらす腐敗分子の良い例だ」と書いている。

 1964年、13年ぶりに労働党政権が発足したが、経済はすでに下降局面に入っていた。インフレと国際収支の悪化をかかえて公約を実現できないウィルソン政権にとって、生産性向上のための産業再編成が、そしてそれを可能にする新しい方策が急務となった。そこで新手の経営者として、スレイターに期待が集まる。彼は従来の産業資本家とちがって国家の利益には興味がなく、専ら株主として利益を上げることに専念した。だから、利益を上げない部門はどんどん売却し、利益を集約する。そうすることによって、全く投資をしなくても生産性を上げることが可能になる。当時、彼は産業再編成の魔術師のように見られ、労働党のウイルソン政権でさえ彼のやり方に好意的であった。後に労働党内左派として評価されるトニー・ベンも、スレイターのやり方を参考にし、古い企業を強制的に合併させてコングロマリットを形成した。この過程でスコットランドのクライドサイドにある造船会社では、スレイターの買収に遭って何千人もが解雇されたし、自動車産業や電器産業でも同様の企業連合体がつくられていき、何千もの労働者が失業する結果になった。だが、当時のジャーナリストやテレビの報道陣は、このスレイター方式を賞賛した。後日、ある経済紙の記者は自分たちのことを、「お先棒担ぎの間抜けだった」と述懐している。

 実際、スレイターが買い取った企業で生産性が向上したという話はまったくない。それもそのはず、彼の利益の全ては買収し、解体し、売りさばくことにより生み出されていたのだから。つまり、彼らは産業を再編成したのではなく、企業資産の解体と転売を繰り返していただけだった。ロンドンのメイフェア地区に集まる企業買収屋たちは、新しいタイプの実業家としてクレアモント・クラブでともに食事をし、お互いの企業を売り合った。彼らはみな、大英帝国に100年君臨してきた古い産業資本を解体することで資産を形成し、それまでの実業家よりさらに大きな富と力を有するようになっていったのだ。

 ここでさらに無慈悲なメンバーが現れる。今度はアフリカだ。60年代になって元英領の植民地の多くが独立したが、そこに横たわる鉱山やプランテーションはまだ英国人が所有していた。それに目を付けたのがメイフェア族のひとりである実業家、タイニー・ローランドである。彼は、植民地の独立とともに去っていく英国人の残していった資産を引き受けた。1968年、ローランドは巧みな計略でガーナ北部にある世界最大の金山、アシャンティを手に入れる。アフリカ諸国の政治家にとって、彼は近代的で産業化されたアフリカを実現するうえでの新しいパートナーであるはずだった。だがスレイターと同じく、ローランドも彼らを騙して利益を吸い上げ、その金でロンドンの株式市場を潤わした。投資でなく買収による成長である。「ローランドは”アフリカを愛している”と言っているが」、というインタビュアーの問いに対し、ザンビアの経済学者で当時、鉱業副大臣であったマシアス・ムパンデ博士は、「そりゃ金になるから愛したのさ」と答えている。

 70年に生まれた保守党のヒース政権は、ケインズ主義を捨てて自由市場に期待するも、景気は好転しなかった。たちまちのうちに工場閉鎖が相次ぎ、失業率は跳ね上がった。ロールスロイスも破産。今度はあわてて反対方向に舵を切り、お札を刷る。この経済政策は失敗したものの、あまったお金が株式市場に流れ込み、またスレイターを大儲けさせた。彼の企業グループは成長し、トーリー党に何千ポンドも献金し、ついには仲間であるピーター・ウォーカーを大臣にする。もう怖いものなしだ。だが目の前で起こっていることは見せかけの金回りで、実態経済と激しく乖離したバブルだった。1973年に始まった炭鉱労働者の賃上げ要求闘争は、電力や鉄道をも巻き込んで、国を揺るがす大きな労働争議へと発展していく。政権はコントロールを失い、もはや収拾のしようがなくなっていた。ついにバブルがはじけ、スレイターをはじめとするメイフェア族はその資産を失う。所詮、彼らの汚いやり口で国の経済をコントロールすることなど、できなかったのだ。

 以上が第2話で起こったことの大まかな紹介。第3話と第4話は今回は紹介できないが、アメリカに渡ったジェイムズ・ゴールドスミスが登場。ジャンクボンドが投入されるカジノの仕組みやインサイダー取引に関する司法取引の様子などをまじえて、ゴールドスミスがアメリカの資産を売り払ってメキシコのジャングルに引きこもったいきさつをカメラが追う。またその他にも、老齢年金が何10億の単位で米国の株式市場に投入される構造などが紹介されている。

 アダム・カーティス監督の作品は、見ごたえのあるものが多いのだが、DVDはなかなか入手しにくい。今回紹介した『The Mayfair Set』もすでに品切れで入手不可能なようである。だが彼の作品には熱狂的なファンも多く、幸いユーチューブの以下のサイトにTV放映からキャプチャしたものであろう、載せてくれている方がいる。画像はあまり良くないが、全編ご覧になれる。(58分54秒、英語カラー、字幕無し)
The Mayfair Set, Episode 2 - Entrepreneur Spelt S.P.I.V. (1999) by Adam Curtis


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