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zoom RSS 小説『ベルリンに一人死す』の5度目の映画化『ヒトラーへの285枚の葉書』はドイツでちょっと不評

<<   作成日時 : 2018/04/04 05:55   >>

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Hans Fallada
 ハンス・ファラダ(1893-1947)は、弾圧の時代にドイツに留まった数少ない著述家のひとりである。そのためにいろいろな制限を受け、妥協を余技なくされた。戦争が終結するころには精神的にもズタズタになり、1946年に小説『ベルリンに一人死す』を精神病院で脱稿した直後に他界している。(原題は”Jeder stirbt fur sich allein”で、「人はみな自分で死ぬ」という意味合いが強い。) 物語は妻の弟が戦死したことを契機に、ナチス批判のハガキをベルリン中にばら撒くという抵抗運動にのめり込んていった夫婦、オットー&エリゼ・ハンペルの実話に基づいている。だが、「子供を奪われた母が立ち上がる」というドラマのほうがより人々の胸を打つ、とファラダは考えたのだろう。基本的な設定を変更し、さらに多様な登場人物を加えることによって、時代を凝縮するみごとな小説に仕上げた。

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オットー&エリゼ・ハンペル


 ハンペル事件の特異性としてよく指摘されるのは、学生や知識人たちを中心とした抵抗運動であった「白バラ」や「赤いオーケストラ」とちがい、二人が労働者階級に属したことだ。オットーは木工所の職工長、エリゼは「国民社会主義女性同盟」に属する小学校卒の主婦で、1940年から2年間、外部のいかなるレジスタンスとも接触せず、捕まることもなく強烈なヒトラー批判のハガキをベルリン中に配布し続けた。このハンペル夫妻(小説と映画ではオットー&アンナ・クヴァンゲル)を主役とし、第三帝国とさまざまな形でかかわるらざるを得なかったベルリン住民の横顔を描いたファラダの手法は、エミール・ゾラやドストエフスキーをも彷彿させる。抵抗文学でありながらミステリーとしても面白く、ドイツではテレビドラマ化や映画化が繰り返された。英語圏では2009年になってアメリカの出版社が翻訳紹介したことで、傑作の「発掘」として大騒ぎになり、これが英国での2016年映画化にもつながったようだ。だがおかしな話である。なぜならドイツではすでに1962年と1970年(東ドイツ)にテレビ映画化され、1976年には西ドイツ映画の英語版が国際的に上映され、さらにチェコ共和国でも2004年にテレビ映画化されていたのだから。この問題点については一行では論じられない国際的な背景がありそうなので、ひとまず棚上げし、今回は5種類の映画化の中から3作品と、そして6本目の作品ともいえるドキュメンタリー(2014年フランス)について触れたいと思う。


(1) 2016年版

 まず、日本でも『ヒトラーへの285枚の葉書』というタイトルで公開されているヴァンサン・ペレズ監督の最新作、『Alone in Berlin』(2016年英国、以下ペレズ版)から始めよう。日本人には特に訴えてくるテーマが描かれているのは、ありがたい。それは「英霊の死」という虚構についてだ。ナチス・ドイツでは戦死者は「総統と第三帝国のために命を捧げた」として称えられたが、そんなタテマエの強制は遺族にとっては侮辱であり、クヴァンゲル夫妻には到底受け入れられるものではなかった。ここから抵抗が始まる。全く同じ構図が戦中戦後の日本にも存在してきたし、靖国神社に合祀することは遺族に本心を吐露させないためのシステムであることとを、この映画は私たちに教えてくれる。以上の重要な点を評価したうえで、批判的映画評に入る。

 配役については、エマ・トンプソンは好きな女優なのでまことに言いにくいのだが、ミスキャストではないか。実母と競演した『冬の来客』(『The Winter Guest』)や、カズオ・イシグロ原作の『日の名残り』では印象に残る名演技を見せたが、もともとはあまり器用な俳優ではない。今回のアンナ役は従順な主婦でありながら、息子の死を契機に命をかけたレジスタンスに没頭していく激しい女性でもある。もっとふさわしい女優がいたはずだ。結局、エマ・トンプソンはベテランらしい演技を披露したものの、映画をメロドラマにしてまった。オットー役のブレンダン・グレッソンが好演しているだけに、残念である。

 次にいただけないのが、俳優に「ドイツ訛りの英語」をしゃべらせる、という英語圏で使い古されたやり方を今どき踏襲していることだ。このため、ドイツの評論家から「ドイツ語吹替え版で鑑賞することを奨励する」と揶揄されてしまった。また、せっかくドイツの人気俳優、ダニエル・ブリュールをエッシャリヒ警部役で起用しているのに、その人物設定が甘い。最後のエッシャリヒが「18枚を除くすべてのハガキを読んだのは私だけなのだから」と言い、収集したハガキを窓からばら撒いて自殺するシーンも、原作を読み間違えているか、ないしは意図的に変更している。これでは夫婦のレジスタンスが無意味だったと言っているように聞こえて、エッシャリヒがなぜ自殺したのかの説明にならない。実は原作での彼のセリフは、「クヴァンゲル夫妻の手紙で改心したのは恐らく私だけだ」である。つまりオットー&アンナは267枚のハガキで、ゲシュタポの警部をナチスから脱洗脳したのだ。

 もうひとつ気になるのは、配布した285枚のハガキのうち267枚が自主的に届け出られるという忌まわしい社会背景について、脚本にしっかりとしたイメージがないことだ。原作では遠慮がちな仕方ではあるが、繰り返し指し示されている背景であるにもかかわらずである。以上のように色々難点の目立つ出来であることは否めず、初上映の2016年ベルリン・フィルム・フェスティバルでは、「あきらかに不評でブーイングまであった」と英紙テレグラフにこき下ろされている。後述するが、すでに1970年版のテレビ映画を見ていた多くのドイツ人にとっては、これは当たり前の反応であっただろう。


(2) 1975年版

 では、ドイツにおける古い作品群にあたってみよう。1975年に国際市場向けに制作された3度目の映画化、『Everyone Dies Alone』(「人はみな独りで死ぬ」、監督Alfred Vohrer、以下フォーラー版)は、シャンソン歌手のヒルデガルト・クネフをアンナ役に迎えて制作された。この作品でも、いろいろな設定変更がなされている。まず、最初にハガキを書いて配布し始めるのはアンナのほうで、オットーはそれを追認する。そして息子のフィアンセ、トゥルーデルが息子の赤ん坊を身ごもっている設定になっている。彼女は戦死の知らせを受けたショックから、自分が共産党の地下組織員であることをオットーに打ちあけてしまい、そのために、組織から追放される。逮捕されたアンナが彼女のことをしゃべったため、トゥルーデルはゲシュタポに捕まりそうになるが、レジスタンスの仲間に助けられて逃げおおせる。裁判のシーンもなかなかドラマチックである。アンナは検察官の「婚前に何人の男と関係したのか?」という侮辱的な尋問に、「87人よ」と答えて傍聴席の爆笑を買い、退廷させられる。これは原作どおり。そして、クヴァンゲルと同じアパートの住民である元判事が傍聴に現れ、オットーに青酸カリを渡す。オットーは法廷でそれを飲んで自殺する。死刑判決を受けたアンナは、刑場へと向かう。演技も脚本も少し時代遅れの印象を否めないうえ、全体的にかなり感傷的なつくりの映画だが、それでも最新版とはちがったアンナが見られ、「ああ、こんな展開もありか」とうなずきながら鑑賞できる。


(3) 1970年版
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1970年旧東ドイツ版テレビ映画のDVDカバー

 次はさらに古い1970年、旧東ドイツのテレビ映画(監督Hans-Joahim Kasprzik、以下、カスプリク版とする)で、映画化の中では一番のお勧めである。300分の大作で、3回にわたって放映されたらしく、原作の細かい部分も可能なかぎり再現されていて非常に面白い。この作品でも設定の変更は見られるが、それ以外に共産主義体制に都合のわるいプロットが省かれている点などもあり、興味深く鑑賞した。まず、トゥルーデルが地下組織の一員であることは説明されない。党員たちの活動から排除される部分が、検閲にひっかかると考えたのかも知れない。そして彼女は新しい恋人との間で身ごもるのだが、逮捕された後に自殺してしまう。これは原作どおりである。いっぽう原作では、アンナの弟夫妻も逮捕され、拷問で発狂した弟が精神病院に送られる話があるが、これは映画には出てこない。また、史実ではエリゼ(アンナ)は「国民社会主義女子同盟」に所属し、班長をやっていた過去があるのだが、これも反ナチ抵抗運動の英雄にはふさわしくないからだろう、プロットから削除されている。裁判のシーンは1975年作品よりもさらにくわしく再現され、オットーもアンナも法廷でナチス批判を果敢に展開してなかなか迫力がある。

 この裁判を実際に指揮したのは、ヴァンゼー会議にも出席し、反ナチ活動家を裁く特別法廷で数多くの死刑判決を下したことで悪名高い、ロラント・フライスラーである。訴訟指揮は、大声で被告をののしるスタイルだった。カスプリク版では、この様子が非常によく再現されている。裁判は形式だけの見せしめであり、被告弁護人も弁護する気などない。斬首による死刑が宣告された二人は、死を待つ政治犯が収容されるプレッツェンゼーに送られる。実際には二人は刑死しているが、ファラダの小説ではアンナのほうは刑務所への英軍の空爆で獄死する。小説のドイツ語原題は、夫妻が死を覚悟の行動を展開したこと、逮捕後は青酸カリを手に入れたにもかかわらず、それを使用せずに刑を待ったこと、そしてエッシャリヒが自殺したことなど、暗黒の時代にそれぞれが自分の意思で生死を選択していったことを意味するのだろう。

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ベルリン郊外に残されている処刑場跡


 カスプリク版のもうひとつの見所は、時代の雰囲気がうまく表現されているところだ。英軍の空爆が続く当時のベルリンでは、「祖国防衛と勝利のために一致団結して戦争協力しない者は非国民である」とみなされた。そして、ナチスが宣伝するユダヤ人と共産主義者への激しい嫌悪は、長い時間をかけて民衆の心を侵食していった。想像してみてほしい。たとえばナチスが政権をとった1933年に10歳だった児童は、ヒトラー・ユーゲントで短ズボンをはいて行進したり募金を集めたりしながら成長し、クヴァンゲル夫妻がレジスタンスを始めた1940年には17歳の腕力あるパラミリタリーになっているはずだ。彼らの背後にはゲシュタポがいて、地域住民の秘密を嗅ぎまわっている。クヴァンゲル夫妻はそんな時代に、露骨なヒトラー批判のハガキやリーフレットをばら撒くレジスタンスをやったのであり、運悪く拾い上げた人々は、「自分が書いたと間違われるのでは」と怯えた。

 原作では、最初のハガキを拾い上げたのは俳優である。彼は過去にユダヤ人が監督した映画に出演したために、仕事から干されかけていた。「もしこのハガキを取上げたのを誰かに見られていたら、犯人扱いされて俳優生命が終わる」とあわてふためいた役者は、すぐさま警察に通報する。2番目のハガキを取上げたのは診療所受付嬢である。彼女は待合室にいたぐうたらな男を、「この共産主義者め」とののしりながらゲシュタポに突き出してしまう。つまり、ナチスのユダヤ人や共産主義者を排除するシステムが人々をして密告させ、同時にヒトラーはそのシステムによって庶民の支持を維持した。

(4) 2014年版ドキュメンタリー

 最後に、2014年に制作されたドキュメンタリー、『Seuls Contre Hitler』(「独りでヒトラーに立ち向かう」、フランス版)がある。こちらはベルリン国立公文書館にあるゲシュタポの記録をもとに、カスプリク版映画のシーンを織り交ぜながら解説するという構成で、なかなかわかりやすい。そして200枚以上のハガキやリーフレットから多くを抜粋し、紹介してくれる。以下はオットーが書いたハガキから、ほんの一部の抜粋である。


自由プレス! 
ヒトラーとその取巻きは、1933年以来これまで、平和と社会主義が到来すると言ってきた。だが今日、我々ドイツ人は、彼の演説が常に単なる偽善者のゴタクでしかなかったことの証明をみた・・・

ドイツ人よ目を覚ませ!
我々をヒトラーから解放するのだ!


 なお、この作品に関しては小説のほうが映画よりはるかに面白く、お勧めである。私は英語訳で味わったが、日本語訳も出版されていて非常に評判が良いようなので、優れた翻訳だろうと推測する。

 こちらが日本語訳本

ベルリンに一人死す
みすず書房
ハンス・ファラダ

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 こちらはドイツ語原文ペーパーバック。なお、ハンス・ファラダの作品群は多くがドイツ語や英語の電子ブック版になっていて、特にドイツ語版はタダ同然の価格で購入できる。

Jeder stirbt fur sich allein
Aufbau-Verlag GmbH
Hans Fallada

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