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zoom RSS アダム・トゥーズ『破壊の報酬:ナチ経済の形成と崩壊』

<<   作成日時 : 2017/07/27 21:01   >>

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 アダム・トゥーズが2006年に上梓した歴史書、『破壊の報酬:ナチ経済の形成と崩壊』(注1)は、ナチスの台頭から第三帝国の終焉までをヒトラーの政策とその経済効果に焦点をあてながら詳細に分析し、一気に学界内外の注目を集めた力作である。ヴェルサイユ条約後のドイツでヒトラーはどのような情勢分析をし、いかなる思惑からその経済政策を推し進め、実際はどう展開し、それがその後の東部戦略やホロコーストにどのように影響していったのかを、詳細なデータと膨大な参考文献を駆使して分析した本書は第三帝国の研究に新たな光をあて、今や古典として評価されつつある。概論や通史をあつかった本ではないので、政党政治や外交の流れなどについては他の文献を参照する必要があるが、すこぶる読み応えのある研究書だ。短い記事でまとめるのはちょっと無理な代物だが、とにかく面白い内容なので少しだけ紹介しておこうと思う。

(注1) Adam Tooze, The wages of destruction: The making and breaking of the Nazi economy, Penguin Books 2006

 社会政策においてヒトラーは農地定住計画、労働奉仕、医療と年金の保障を提案すると同時に、公共事業に労働力を投入して経済を安定させ、通貨対策を講じるという構想をもっていた。外交ではリップサービスを繰り返し、ジュネーブ軍縮交渉でドイツ軍軍備縮小を承諾するそぶりを見せてはいたが、本心はちがっていた。そもそも彼が政府の使命としてかかげる「国民の生きる権利、ひいては民衆の自由回復」というフレーズは、ナショナリストの象徴的表現で、それがヒトラーの本質だった。ここでの「自由」とは、ドイツが国家としての利益を得るためには軍事的手段をもいとわない「自由」を意味する。したがって本書の後半に出てくるが、これは農地を求めて隣国を侵略することを指した。ドイツはフランスやソヴィエト連邦に比べて狭い国土に人口が密集しており、当時の産業構造と農業技術からして他国の領土を植民地化してドイツ人を移植するのは魅力的なことと考えられた。Lebensraum(生存圏)を獲得するという発想だ。資源ではなく土地そのものが目的というのは、大英帝国との相違点だろう。

 さて1932年の段階では、ナチスの得票数はまだ全体の3分の一に留まっていた。危険な外交政策については選挙民に気づかれないように注意しながらも、ナショナリストの看板のほうは見せていくことによって、ナチスは勢力を拡大していく。1933年、首相になったヒトラーは、前任者シュライヒャーから引き継いだ6億マルクを「信用融資に基づく壮大かつ包括的な雇用創出プログラム」(雇用創出手形)や再軍備、農地改革に充てた。それでも3月の選挙では票が伸びず、カトリック中央党に圧力をかけてやっと3分の2の勢力を得て全権委任法を制定する。この時期、ナチスは共産党員や社会民主党員、そしてユダヤ人の小さな共同体にドイツ各地で暴力をふるっていた。5月1日はドイツで初めて、メーデーが有給の祝日となった。これは労働者階級を取り込むために仕組まれたもので、ナチスの式典に何を思ったか社会主義者の労働組合員も多く参加した。だが翌日、ナチス突撃隊が労働組合の事務所を襲撃し、活動は禁止され、数億マルクにおよぶ建物や厚生資金が没収された。こうして労働組合はヒトラーに忠誠を誓うドイツ労働戦線(DAF)に統合されてゆく。信用融資による仕事創造には10億から16億マルクが投資された。

 次の章ではドルの切下げと連動するライヒスマルクの動向、そして失業率の推移がグラフ入りで説明されている。ヒトラーが政権を握って以降の産業界で投資はどう行なわれたか、そして各種企業は回復したのか否かという分析だ。ドイツの雇用と生産、消費を創出するには輸入が必要だったが、通貨切下げなしに対外負債から逃れるためには輸出を増やすしかない。いっぽう現実では再軍備は熱狂的に行なわれているが、対外債務には対応できていなかった。この危機から脱出するためには、駐独アメリカ大使が警告したように一方的再軍備から撤退するしかなかったはずだ。

 実業界に顔が利き、潤沢な資金集めに力を発揮したヒャルマル・シャハトは、ヒトラーに気に入られて帝国銀行総裁に就任していた。シャハトは再軍備に危惧を示す経済相クルト・シュミットを押しのけて自分が経済相になり、軍拡路線を続ける。通貨危機に対しては、英米との貿易に緊張を持ち込むことによって切下げを回避する方向を模索した。こうした官僚主導の経済統制が一定の成果を出したことを、トゥーズは否定していない。だがここでトゥーズは興味深い指摘をしている。1934年の時点でゲシュタポ地域支部から寄せられる複数の秘密レポートから明らかなのは、ドイツ庶民にとっては「長いナイフの夜」という暴力よりも、むしろ為替危機による経済問題のほうが遥かに切迫した恐怖だったということだ。現実にはまだ数百万の失業者が存在しており、彼らにとっては食事を無料で提供しくれる「国家社会主義冬季チャリティ」がせいぜい頼みの綱だった。経済の回復もきわめて不公平な形でしかなく、一般庶民は食料をはじめとする日常生活品にも事欠いていた。人々の不満はくすぶっており、実際に人の集まる職業紹介所やバス停では、公然と体制批判の声があがっていたというのがゲシュタポ内部の記録だ。同年11月、ゲベルスはとうとう悲鳴をあげた。「何も聞きたくない、見たくない、知りたくもない!現実は分かっているから、これ以上私の神経を逆なでしないでくれ」。「ナチスは雇用問題を解決してドイツ国民の支持を得た」という通説を、トゥーズはクリシェだとして排除する。

 これでやっと800ページある書物の最初100ページだ。長すぎるので以降はかなりはしょって書く。「長いナイフの夜」以降、議会制民主主義は終焉して権威主義・保守主義が横行し、左派は崩壊して福祉と労働組合は嫌悪され、産業界は賃金の下落を歓迎した。いっぽう国際舞台でのドイツ企業ははるかに自由で、とりわけ自由貿易を指向する繊維・金属・機械はまだ好意的な印象を与えていた。つまり産業においては国内の権威主義、国外の自由主義という二重構造があったことになる。だがその後、ムッソリーニのアビシニア攻撃、極東での日中戦争開始をもってドイツは両国と手を組み、1936年以降は軍備増強に莫大な予算をつぎ込んでいく。

 1938年を境に、「西側諸国との間でドイツが"強いられている"戦争はロンドンとワシントンのユダヤ人が糸を引く陰謀だ」という世界観がナチス首脳陣を支配するようになる。このような発想が民衆の末端まで浸透していたかについては本書では述べられていないが、私が過去に翻訳したドキュメンタリー作品から判断する限りでは、少年少女にいたるまで感化されていたのではないかと想像する。そして1939年のポーランド侵略では、農地を獲得してドイツ農民を入植させようというナチスの意図と、ユダヤ人およびスラブ人へのジェノサイドがイデオロギー的に合致してしまうのだ。

 フランスを占領したドイツだが、イギリスやアメリカは依然として立ちはだかっていた。1941年のバルバロッサ作戦はフランスに勝利した喜びから単純に手を出したのではなく、「イギリスという強敵と戦うため、ソヴィエトを制覇して資源を自由に確保すること」が急務であったからだ、とトゥーズは分析する。そして運命の女神はヒトラーに微笑まなかった。

 赤軍との戦いで多くの若い兵士を失ったドイツ軍は、その不足をいったんは兵役を免れた中年男性や兵器産業の従業員で補いはじめた。女性も当然のごとく動員された。兵器産業の労働力不足には、戦争捕虜の外国人が充てられた。1941年になるとヨーロッパ各地から市民(もっぱら若い男女)が一般労働力として動員され、特に東欧の占領地域からは多くの未成年女子が徴用された。1943年夏までに動員された外国人労働者総数は650万人、1944年秋には790万7000人に達し、全ドイツ労働力の2割を超えていた。そして軍需産業においては、労働力の3分の一が外国人だった。これは自由移民ではなく、強いられた移民である。

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ウクライナのチェルカッシ地方からドイツに強制移住させられる人々。奴隷労働を強いられた。1942年撮影

 本の後半3分の一では、1942年から45年まで軍需大臣であったアルベルト・シュペアが頻繁に登場する。トゥーズのこの研究書が発表される以前は、シュペアは兵器の生産性向上に驚くべき貢献をしたと信じられていた。だがトゥーズは統計データや背景資料の細かい分析から「シュペアの軍備の奇跡」は神話であると結論付け、歴史研究者はもっと批判的になるべきだと警告した。つまり飛躍的生産高上昇は、シュペアがその地位に就任するはるか以前に始まった産業組織再編と合理化、生産要因の冷酷なまでの動員、戦争投資、生産高急増のために品質を犠牲にしたことなどによる結果が目に見えてきただけのことなのだ。価格検察官と財務当局の管理下、国は経験豊富な供給業者でも嫌がるような薄利契約を無理やり発行することができた。またトゥーズは、シュペアが自己イメージとして宣伝していたノンポリぶりについてもはっきりと否定している。シュペアはヒトラーの忠臣で、ニュルンベルグ裁判では注意深く計算された複雑な告白と否定によってクビをつないだのだ。


 『破壊の報酬:ナチ経済の形成と崩壊』はなかなか読み応えのある書物なのだが、800ページのなかにあまりにも豊富な情報が詰め込まれているため、紹介できなかった重要なトピックも少なからずあるのが残念である。なお、アルベルト・シュペアについては英国のTVドキュメンタリー『Albert Speer The Nazi Who Said Sorry 』(1996、BBC)、『Hitler's Henchmen, Albert Speer: The Architect』(1997、ヒストリーチャンネルの連作「ヒトラーの忠臣たち」の一作)と、ドイツのドラマ映画『Speer und er 』(2005)があるが、いずれもトゥーズの研究書が出版される前の作品である。




The Wages of Destruction: The Making and Breaking of the Nazi Economy
Penguin Books
Adam Tooze

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