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zoom RSS クレムペラー著『<LTI>第三帝国の言語』民衆を操るナチスの言い回し

<<   作成日時 : 2017/04/25 01:05   >>

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 LTI(Lingua Tertii Imperii=第三帝国の言語)とは、ドイツの言語学者ヴィクトール・クレムペラー(1881-1960)の造語で、ナチス・ドイツで頻繁に使われた言語表現を指す。当時ドレスデンの大学教授であったクレムペラーは、ユダヤ系であったため職を奪われ、友にも裏切られ、絶望のふちにあった。そんな彼を精神的にささえたのは、密かにLTIを記録するという言語学者としての命がけの作業だった。今回は、1947年に出版された『第三帝国の言語<LTI>』(LTI. Notizbuch eines Philologen)の日本語翻訳版(1974年発行)を取り上げる。最近、支配層の日本語が変になってきている私たちの社会を考えるうえでも、参考になりそうな書物である。

 クレムペラーによると、「LTIの狙いは個人の個性を奪い取り、個人の人格を麻痺させ、個人を一定の方向に追い立て、駆り立てられる群にまざる判断力も意思の力も持たぬ一頭の動物にしたてあげ、個人を転がる岩塊の微粒子にしてしまうこと」だそうだ。日本でも基本的人権を嫌う防衛大臣の好みに合いそうだ。このナチスの言語、LTIの具体例としては、「懲罰出勤」、「国家的行事」、「歴史的」、「劣等人種」、「自発的」、「本能」、「血」、「永遠」などがある。たとえば「歴史的」という言葉。総統が繰り返し繰り返しちがう場所での演説で同じことをしゃべったとしても、そのひとつひとつが「歴史的」な演説とみなされ、「世界支配へのみずからの使命に対するドイツ的確信」をゲルマン人にもたせる主張が繰り返された。また、「体験」(Erlebnis)という言葉も意図的に流行らせた。「『わが闘争』は国家社会主義と新しいドイツの聖書である。この書物は『体験』しなければならない・・・」というふうに。民衆は自由な言論活動が許されなかったため、ヒトラーやゲベルスによる口語文語混ぜ合わせの演説が強い影響力をもち、国民話法に浸透していった。そうなると、言語全般が貧困になり、「規格性」を帯びるのは避けられない。クレムペラーによると労働者もゲシュタポも、ナチス支持者もユダヤ人も、皆がLTIでしゃべっていたそうだ。言語のLTI化は文化や芸術のすみずみまで浸透し、その表現の多くは、戦後も消えることがなかった。クレムペラーは「LTIの毒」と言っている。

 戦争が終わった1945年、クレムペラーは講演で、第三帝国時代に教職員連盟中央官庁が出版した歌集、「歌の友―ドイツ青少年用学校唱歌集」に載せられたある歌をとりあげ、批判した。歌詞はこうだ。「世界中のか弱い者どもが/赤い戦争を恐れて震えている。/われわれはこの恐ろしいものを打ち砕いた。/われわれにとっては大きな勝利だった。/すべてのものが粉々に打ち砕かれたら/われわれはさらに前進しよう/なぜなら今日はドイツが我々のものだが/明日は全世界が」。なんとなく安倍首相の「世界の真ん中で輝く」というフレーズを思い起こしてしまう歌だが、その歌詞で、「全世界がわれわれのものになるだろう」と断言されていることをクレムペラーは批判したのだ。すると、聴講者のひとりが「歌詞がちがう」とクレームをつけてきた。彼の所持している楽譜と付き合わせた結果、もともとは「今日はドイツがわれわれのもの(gehoeren)だが、明日は全世界が」であったのが、ナチスのマークが付けられてはいるが小型のかわいらしい別本では、「今日はドイツがわれわれの言うことに耳を傾ける(hoeren)が、明日は全世界が」と少し罪のないように変更されていたことがわかった。こうして場合によっては内容をごまかし、より広い国民にナチスの思想を浸透させようとしていたのだろう。最近話題になった教育勅語の口語訳が不明瞭だった件はこれにあたる。

 このように細やかに気配りをしながら宣伝していたナチスであるから、言葉の言い換えによる印象操作で感情に訴えることも巧みであった。「ドイツ女子青年団」(Deutsche Maedel)では、MaedchenではなくMaedelを使うことによってより庶民的で粗野な響きをもたせ、若い女性がこぞって参加したくなるようなイメージ作りをしている。また、単にマルクスやハイネとは言わずに、「ユダヤ人マルクス」とか「ユダヤ人ハイネ」と言い、そうした形容語法によって一定のイメージを頭にたたきこむことも繰り返した。ブッシュ・ジュニアが大統領時代に、「テロリスト何某」と繰り返していたのもこの手法だ。また、『ゲベルスの戦争法規』という当時配布されていたパンフレットには、「戦争は平和を愛する総統に”強いられた”ものである」という記述がある。実際、ヒトラーは演説のたびに「平和への意志」をアピールしていたが、いっぽうでは「明日は全世界がわれわれのもの」などと児童に歌わせていた。明らかなペテンである。クレムペラーはこうした手法を「LTIの聖書的傾向」という表現で批判した。だが、こういった修飾語や言い回しによる印象操作はナチスに限ったことではなく、今日の情報発信者もかなり露骨にやっている。結局は情報を受ける側が真相を見抜く力を付けるしかないのだろう。クレムペラーの言葉を借りると、LTIの核心は「常に思考不能の状態に保たれるべき大衆の心」にあり、「思考の声を打ち消す」ことにあるのだ。要注意である。




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