ヨハンナ比較文化研究所

アクセスカウンタ

 毎朝読もう、沖縄の新聞! 「沖縄タイムス」 「琉球新報」

zoom RSS 「国旗をかかげて武器を売る」(Flying the Flag, 1994)、英国兵器産業の話

<<   作成日時 : 2016/12/16 07:50   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像
 ジョン・ピルジャー監督の『国旗をかかげて武器を売る』(Flying the Flag, Arming the World, 1994)は、英国兵器産業の勃興とそれに関わってきた企業や政治家を取材したドキュメンタリー。最近、武器輸出に手を染め始めた日本企業の倫理を考えるにあたって、大いに参考になる作品だ。

 70年代に入って、かつてはイギリスが世界に誇っていた造船や家電などの産業はすっかり衰退してしまい、多くの工場が閉鎖された。だが、唯一例外があった。兵器産業だ。国民はまったく消費しないし、取引はもっぱら秘密裏に行なわれ、買い手は地球上で最も腐敗して残虐な体制という商品。90年代までに英国のこの兵器産業は、世界全体の受注の20パーセントを占めるほどに成長する。政府が関与していることは言うまでもない。ピルジャーはこの不名誉な産業発達の歴史をたどるため、ディーラーや輸出に関わった元官僚たちに取材し、民間人が知ることのなかったどす黒い実態や、英国政治家たちとの相関関係をスクリーンに展開する。

 まずはカラシニコフ銃のディーラー、サム・カミングス。「誰に銃を売るのか」という質問に対し、「湾岸諸国だ。英国政府の免許でもって、アラブ諸国のあらゆる政府に売ることが許可されている」、と答える。そしてピルジャーがさらに、「でも、しかじかの体制に武器を売るべきかどうかという議論は、人権意識に基づいて、常に下院で繰返されてるんじゃないの」と問うと、次のような答えが返ってきた。「あのねえ、もし政府が兵器管理法に従っていたら、平和に到達したはずだよ。彼らは絶対そうはしないんだから」。

 今は昔、サッチャー政権の時代に、英国経済はすっかり兵器産業化された。映画が撮影された1994年当時で、実に10人に一人が兵器関連で働くようになったというから、驚くべき割合である。この雇用をまかなうために、英国はどんな買い手にでも売りさばくのだ。その額、年間230億ポンド。DESO(防衛輸出支援機構)という英国国防省内の組織があって、最大の武器取引はここで扱われている(現在のUKTI)。いわば国際的武器押し売り商人のようなもので、英国の武器の80パーセントはここから開発途上国に売られるのだが、それらの国の多くは独裁者に支配されている。

 実はこの武器商売を始めたのは、さらにさかのぼった労働党時代の国防大臣デニス・ヒーリーで、1966年に次のように述べている。「兵器統制と軍縮は政府の最も重要な課題ではあるが、同時にこの有益な市場の正当な分け前を失わないよう策を講じなければならない」。彼はアパルトヘイトをやっていた南アフリカ共和国に武器を売ったことを後年には後悔し、湾岸戦争やイラク戦争には反対した政治家だが、この時点では死の商人のようなことを言っていたわけだ。ピルジャーの1994年のインタビューで、彼はこの発言を振り返り、「ハッピーじゃないね」と告白している。当時は冷戦で、ソヴィエト連邦が世界中に武器を売っていた。そんな中、「僕はとにかく武器を輸出することで、英国内の単位原価を下げることを優先したんだ」というヒーリーに対し、ピルジャーは「それは矛盾してますよ。兵器統制の重要性を強調しながら、あなたは英国を兵器市場の競争に押し込んだんだから」、と反論している。

 政府筋の商人だったロバート・ジャーマンも貴重な証言をする。サッチャーが政権の座について以来、兵器商売が肯定的に見られるようになったというのだ。外務大臣がジャカルタに出向いて戦闘機を24機インドネシアに売ったときなど、インドネシア政府がホークスを「買う」と決定して2〜3週間も経たないうちに、英国政府はインドネシアに対する莫大な財政援助を発表した。いわゆる「貿易のための援助」という名目の下に、膨大な武器取引が行なわれた一例だ。

 毎週木曜日の朝、ホワイトホールの内閣府で合同情報委員会(JIC)がある。MI6も参加するこの会合では国際的な武器取引についても報告があり、誰が誰から買ったとか、その他英国の兵器売買に必要な情報がやり取りされる。1985年から1990年まで内閣府にいたロビン・ロビンソンは、マーガレット・サッチャーが毎回のJICに参加し、上記のような武器取引について、すべて知っていたと述べる。そして息子、マーク・サッチャーの登場だ。

画像
ロンドン、ホワイトホールの街並み

 1985年、マーガレット・サッチャーはサウジアラビアと、想定額300億ポンドといわれる「世紀の武器取引」を行なう。ところがサウジの反体制側から、「手数料が数百万」という情報が漏れる。真相はしばらく闇の中だったが、1997年になってサッチャーの息子、マークが当時1200万ポンドの利益を得ていたことがわかる。他にも余罪があったようで、マークの名前は米国諜報部の報告にも何度か登場したらしい。ただし、英国ではこの手の手数料は合法だそうだ。

 ピルジャーは英国のモラルコードから見て、深刻な人権侵害を繰返しているサウジアラビア政権と、兵器売買をすることの問題性を問う。だが ロビン・ロビンソンの述懐によると、「JICで人権について討論されることはなかった」。結局英国は、人権侵害の問題が深刻な国々の政権に武器を売り続けた:ドバイ、ウガンダ、トルコ、南アフリカ、ナイジェリア、チリ、インドネシア、等々。

 インドネシアでは、英国が売ったホークスが東チモールの民衆を攻撃するのに使われたことがわかっているし、英国の兵器はイランやイラクにも大量に売られた。政府の役人が、サダム・フセインに公然と武器を売っていたのだ。

ピルジャーは武器の国際見本市会場にも足を運ぶ。そこではセールスマンたちが、自社の新兵器が「いかに効率的に殺傷できるか」を売り込んでいる。戦闘用ではないが、反体制デモへの参加者を隠し撮りできるカメラを内臓した、機動隊用ヘルメットも売られている。ひどく出血してしまう有刺鉄線も展示販売中。だが、ピルジャーが「どの国が買ったの?」と訪ねると、どのブースのセールスマンも「それは言わないよ」の一点張り。合法なのに、買い手の名は言えない商売なのだ。

 次に、カメラはカンボジアに飛ぶ。一見平和が戻ったように見える水田地帯。だが、まだ地雷が残っていて、今でも子供たちが大怪我をしたり、命を失ったりする。英国地雷勧告グループのレイ・マクグラスによると、毎月世界で2000人が地雷によって障害を負ったり、死亡したりしている。だが、国連安全保障理事会での「地雷輸出モラトリアム」案採択に、英国は反対した。さすがに非常に不名誉な振る舞いだったから、最終的にはイギリスも賛成票を入れたのだが、但し書きが入った、「これはイギリスの地雷には適用されない」と。

 残念なことに、労働党も政府も兵器産業に関しては同じ方向を向いている。労働党の防衛スポークスマン、デビッド・クラーク議員は言う。「独裁者の国々は、我々の文明化された西欧(civilised West)に打撃を与えるに違いない。それらの国々はすでにミサイルを持ってるんだ」。ピルジャーが「どの国だ?」と問い返すと、「はっきりしてるよ。イラクやリビアにはその可能性があるんだ」と答える。さらに「イラクやリビアがスカッドで私たちの国を攻撃してくると、本当に思ってんの?」、とピルジャーに問い詰められたクラーク議員は、「知らないよ」と返答。思い込みで兵器産業に入れ込んでいるのだ。

 しかし、原子力潜水艦にかける費用一年分で、国は住宅プログラムを更新でき、事実上ホームレス問題を解決でき、公共交通システムを改善でき、教員給与を少しは上げることができ、行き詰っている医療サービスも改善できるだろう。要は軍需産業を平和産業に替えていくことなのだ。その作業を地道にやっている人がいる。マイケル・クーリー教授だ。教授は「簡単だとは言わない。だが、時間をかければ軍需産業を平和産業に取り替えていくことは可能だ」と語る。このドキュメンタリーが制作されてからすでに20年以上が経つ。平和産業への転換がうまく進行しているのか、気になるところだ。

 なお、このドキュメンタリーは監督のジョン・ピルジャーがネット上で公開してくれている。字幕はないが、わかりやすい英語である。以下に貼り付けたので、時間のあるときに鑑賞してほしい(カラー:50分余)。

Flying the Flag, Arming the World from John Pilger on Vimeo.





武器輸出と日本企業 (角川新書)
KADOKAWA/角川書店
2016-07-10
望月 衣塑子

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 武器輸出と日本企業 (角川新書) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

「国旗をかかげて武器を売る」(Flying the Flag, 1994)、英国兵器産業の話 ヨハンナ比較文化研究所/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる